『ヒノキスギノキ時々ヤルキ』5

いつもと同じバス停で、いつもと同じ路線に乗っていつも通りにICパスをかざして乗り込む。
いつもと違う時間ではあるけれど、いつもと同じ席から見えるのはいつもと同じ風景。
そう、見上げれば今日も空は黄色い淀みに日光を散らされている。


僕が産まれる前から叫ばれ続けていた”地球温暖化”とやらは、結局僕が産まれて16年半経った今でも
笑えるくらい効果の薄い対処療法だけで皆に、主に経済界のエラい人達に満足されていた。
その結果に消失した島国が僕が教えられただけでも6ヶ国。きっと、聞いた事のない国が他にも消えている。
冬も短くなった。らしい。僕が産まれる前と比べて、の話だから実感の無い知識だけど。
そして短くなった冬と今までの春との間に、”冬明”と呼ばれる季節とも時期とも付かない名前が付いた。
冬よりは寒さが厳しくなく、春よりは涼しい、もどかしい気温が続く冬明になると、この国は一斉に花粉に襲われる。
厳密に言えば、花粉と隣の国から飛んでくる細かい砂の粒と他にもイロイロ有るらしいけど、覚えたくなかったので忘れた。
そんな環境が産まれてしまった現代では”花粉症”は既に国民病として認知されていて、
具体的に言うと罹病率31%と言う数字に置き換えられる。
で、政治的に無視できぬ話題になった”花粉症”は、もはや花粉のみが原因ではないとかなんとかで、
”多種微粒子因アレルギー性総合粘膜炎”と言う政治的な呼称を定められている。
でもそんな無駄に長くて分かりにくい名前なんて浸透するはずもなく、僕らにとってはずっと”花粉症”だ。
……一応、この国民総花粉症進行を食い止める、あるいは解消する手だてが無い訳じゃ無いらしい。
ただし、その為には国内の政治家と隣の国の政治家たちに既存権益を放棄させる必要がある、と言う素敵な条件付き。
くそったれな母国と政治家どもに乾杯☆ ってとこだね。


まだバスは学校に着かない。その間にも僕は完全防護の下でくしゃみを重ねている。
同じ花粉症に悩まされるのなら、学校でヒノカやイチヨシと遊んだり予習したりの方がずっと楽だ。
少なくとも気は晴れてくれる。
またくしゃみが出た。


ふと空を見上げてみたけれど、空が青くなっているなんて奇跡は其処に無かった。