それでも書いてる


『序章 〜 A culprit 〜』


 閉鎖された空間の中に浮かび上がる電影は、病的なまでに白々しい。
だが電影の前でせわしなく実行命令を打鍵していく男の顔は、
電影の白々しさを差し引いた所で真っ当な人間と判断するにはあまりにも病的だった。
 その息は荒く。
 その眼は見開かれ。
 その口は言を呟く。
「あぁそうだもっと早くこうするべきだったんだ無駄な犠牲無駄な金銭無駄な時間
 全てが無駄に浪費されていくくらいなら是くらいの禁忌を乗り越える度胸を持つ人間が
 やはり現れれて然るべきだったのに誰も彼も手をこまねいて自分の保身ばかり考えるから
 一人も本当に世界の事なんて考えやしないから私が立ち上がるしか無いじゃ──」
 男の言葉が不意に途切れる。
その眼がモニターに移される一点に穴よ開けとばかりに釘付けになっていた。
「あぁ凄い凄いよなんて凄い凄過ぎるにも程があるよ!
 まだ『開き』始めたばかりなのになんて数字だ!
 良いよスバラシイよ最高だよやはり私は正しいじゃないか畜生あの臆病者達め!!」
 男の顔が醜いとしか表現しようのない喜悦で歪む。
その醜態に冷や水を浴びせるように、穏やかな女性の声が問いかけた
『……貴方は、自分のしている事が分かっているのですか?』
「もちろん分かってる分かっているさ分かっているとも!
 要するに君は素晴らしくステキで最高でイカレそうなくらいイカす『兵器』なんじゃないか!
 あぁ早くはやくハヤク君に触れたい君を振りたい君とマジワリたい!!」
 だが冷や水をかけられたのはリチウムだったようだ。
女性の言葉に男の感は更に高まっただけで、其処に理性的な応答はもはや求められそうにない。
それを嘆く溜め息は無く、女性の声は抑揚の抑えられた言葉を続ける。
『貴方が、それで本当に皆を救う事が出来ると言うのならば構わないのですが』
「何を言うんだフラウライトトラーゲンデ!」
 男が力任せにキーボードを叩く。女性の言葉に気を悪くしたのではなく、
単に一作業を終えたゆえの景気づけのようだ。
「私程に世界を、いや皆の事を救いたいと願ってる人間が他に居る者か!
 さぁ開放コードは全部打ち込み終わったよ後は安全装置が全部外れるのを待つだけさ
 そうすれば君はその昏い眠りの淵から開放されて今度こそミンナノキボウとして解き放たれて空を舞うんだ
 その時に君を握っているのは勿論僕だ何故なら僕に僕は僕だけが君ヲおオおおぉォォぉォぉっ!!」
昏く狭い閉鎖された空間に、男の頂点に達した感情が響き渡る。
それを煩いとばかりに爆風が全てを吹き飛ばした。


 トレーインバッゼは遊浪(ゆろう)都市の中では有数の規模を誇る。
数百を数える浮宙大陸の中に配備された国防軍はたった三箇所のみでありながら、
その内の一つを有していると言う事はその規模と重要性を良く示していた。
 その国防軍に守られる事で、ここ十年程続いている謎の生命体軍との戦争にもいまだ堕す事無く耐え抜き続けていた。
 だが悲劇が無かった訳でもない。
警報に背を押されて道を走る少年にも、小さくない悲劇は平等に訪れていた。
しかし今の彼に出来る事と言えば、自分がその悲劇の表舞台に上がらぬためにと
一刻も早くシェルターに非難する事くらいのものである。
 ビル街の間を走り抜けるそのルートが安全かと問われるとそうでもないのだが
地下道は人が溢れかえっている事を考慮すると当面の安全と避難速度の面で地上の道に軍配があがる。
 息が少し上がってきたが、シェルターまでの道は残りあと僅かだ。
其処に辿り着けば後はただ待っていれば国防軍がどうにかしてくれる。
 だがそんな少年の日常と化した筈の行動をあざ笑う様に、ふと見上げた夜空の中で赤と黒の大華が咲いた。
続いて聞こえた音を聞き取る頃には、少年の足は後ろに振り返るとより速く地面を蹴っている。
 しばらくしてから訪れた大量の落下物が奏でる轟音と巻き上げる粉塵に、少年の五感が麻痺させられる。
吹きつける風の感触に、煙が去ったかと眼を開けた。
 瓦礫の様々な灰色とナニカから漏れだしている赤色。
 折り重なる落下物が崩れる音と悲鳴と呻き。
 それら全てを認識の外に追いやるほどに。
 目を逸らせない圧倒的な存在感で。


 朱い珠を抱く白い剣が突き立っていた。